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2015年4月

2015年4月27日

抱っこ法入門講座

先週末、北海道での入門講座、無事に終わりました。
午前、お話。午後は体験を中心に抱っこ法で大切にしていることを伝えさせていただきました。
準備をしてくれた北海道チームのみんなの温かさと結の精神にも感動でした。

本を読んでわかること。話を聞いてわかること。体験を通してわかること。

そんな段階があるって仲間の一人がよく言ってるように、手渡しでしか伝えらないことの大切さや、伝えるときの人と人との行き交う温かさ。本当にいいなと身にしみました。

ちゃんと伝えなきゃって、ちょっと力が入ってお腹が痛いのを感じつつ、 私もみんなを通して気がつくことがあったり、ほっこりしたり、楽しい時間でした。

今度行くのは、5月16,17日にある基礎1講座。
誰か興味を持ってくれる参加してくれるといいな。

そして今日はせんげん台で天心ワークショップ。
朝の6時過ぎに家を出ました。
これ以上は頭が働かない。

なんで、こんなタイトな日程を組んでしまったのだと
自己反省しつつ、電車に乗りました。
でも参加してくれた皆さんと楽しくお互いの体の声を聞いているうちに体の中で力が充電されてきて今日の午後の仕事もいい感じに頑張れました。

はざまさゆこ(*^_^*)

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2015年4月23日

しげちゃんといて思ったこと

めずらしく車から降りるときに「ここにいる。降りない」とぐずぐずしたしげちゃん。
こんな風に駄々をこねるなんて、めずらしいからきっとモヤモヤがあったんだね。
 
夕食の準備もあったし、私も疲れちゃったので、すぐには聞けないなあと思いつつ、「どうしたの?」って聞いてあげればよかったなあ。
 
 
はざまさゆこ

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2015年4月 8日

天露の発送から和く輪くだよりの編集へ

4月頭に天露(天心の会の会員さん向けの通信)がやっと発送されました。
中心で動いてくれているのがスタッフの前田さんと鷲尾さん。たくさんの原稿が集まって忙しそうでした。
3月後半から4月に入って、和く輪くだよりの編集作業頑張っています。
もう少ししたら、和く輪くだよりがアップされますので、楽しみにしてください。


はざまさゆこ(*^^*)

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2015年4月 6日

「私が私にわかってほしい」

 今年は「私のことを私がもっとわかってあげよう」を目標にしたいなあ。と思っています。昨年の12月にあったワークショップで自分にとっての「安全性」について味わう時間がありました。その時の体験を話すと、阿部先生から「わかるについて」もやってみたらどうかな?と提案があり、早速、自分に質問しました。

「わかるとは自分にとってどんな意味でしょう?」「わかるは自分にとって大事ですか?それはなぜですか?」「いつ自分にとってわかるが大事でしょう?」等など。 
 
 紙と鉛筆を持って自分に質問をしてそれを答えていくうちに、突然「そうか!そうだったんだ!私は他の誰でもない、この私に私をわかってほしかったのだ!」と腹の底からこの思いがわき起こってきました。

 それを理解すると今度は「私は私に、私がかなしい気持ちがあることをわかってほしい。」と悲しい気持ちと共に言葉が湧いてきました。次に、またぽつんと「私は私に、私が怖がりなことを知ってほしい」と答えが返ってきました。「私は私に、私が人を求めていることをわかってほしい」「私が傷ついていることを…」「私が能力あることを…」「私がここに居ていいということを…」堰を切ったように次から次へと、涙と叫びのような感情が湧いてきて、夢中で手を動かしていました。そして「私が私のことをわかってほしいということを私にわかってほしい」と再び書いた後、「私は私に仲間がいるということをわかってほしい」と返ってきて「そうだった。私は一人ではないんだ」とまた実感して涙が出ました。

「わかる」ということの私の本当の願いは「私以外の誰かに、私をわかってもらうのではなく、私自身に私をわかってほしかったんだ」と心の底から命の泉が湧いてきたようでした。


はざまさゆこ(*^^*)

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2015年4月 5日

お義母さんから教わったこと

激動の3月が過ぎて、ちょっと余裕ができ、義母の持ち物の整理をしているといろいろなことを思い出します。
 生前、義母に怒られたことがありませんでした。むしろ、私の方が「こうしてください」と口うるさい嫁だったように思います。

9年前からひょんなことから私たちの近くに住むようになった義母。
息子ともずいぶん離れて暮らしていたので、なかなか私たちとの生活に慣れなかったのではないかなって思います。

義母との思い出の一つに朝の散歩がありました。
健康維持に一緒に散歩していたのですが、ある時、ホテルの前を歩いていたら、義母が急に「モーニングを食べましょう!」って私たちを誘いました。

最初はビックリ!散歩なのにモーニング食べちゃうの?って
でも今、思うと楽しかったなあ。
破天荒なところもあるけれど、あの時間がすごく楽しかった。

当時、私の母にその事を話すと「それをずっと続けないでしょうね」と釘をさされてしまいました。
うちの母は常識人だけど、ちょっとつまらない人かも。
それに従う私もいたり…。
きっと今の私ならもっとお義母さんと楽しめただろうな。

はざまさゆこ(*^^*)

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2015年4月 4日

4月だ!桜だ!

桜をみるとどうしてこうも嬉しいのだろう。
日本人の血が騒ぐのかな?20150330_131230


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大きな節目

今年の3月は大きな節目の月でした。
義父の引っ越しと義母お葬式があったのです。

今年になって、義父が私たちの住む町に引っ越して来ることに決まり、予定を組んでいました。その引っ越しの前々日に義母が亡くなりました。何かの計らいのようにピタッと予定がどこにもかぶらない見事なタイミング。
まるで一人息子にたくさんの負担がいかないように心配しているかのような義母の配慮のようにも感じました。

5年前に大病をして老健に入っていたので、死に目に会えるかと心配したのですが、側にいることができました。老健の婦長さんも職員の方たちも、一晩中側にいたいとお願いすると快く承諾してくれて、私たちの布団までひいて用意してくれました。

もうまばたきもできない虚ろな目でしたが、最後の一時間はしっかりと息子に焦点を合わせ、じっと息子の顔見て何かを伝えているようでした。

とても静かな力強い視線でした。
呼吸が乱れ、そろそろお別れの時、「ありがとう」と共に「私たちは最後までおかあさんを見てるよ。一人じゃないよ」と声をかけたくなり、気がついたら一生懸命にそう声をかけていました。私と夫が両肩に手を起きながら、「慌てて逝かなくていいよ。ゆっくりでいいよ。おかあさんのペースでいいよ。」と一つ一つの呼吸を一緒に味わいました。最後の呼吸を小さくした後、触ってる肩からおかあさんの気配が消えました。

手を通してたくさんのことが伝わってきました。
今回のことを通して私の死に対する感じが変わったように思います。

今までは「生まれるときも死ぬときも人間は一人なんだ」だから所詮、人間は孤独なんだという言葉がいつからか頭にありました。しかし、生まれるときも赤ちゃんはお母さんと一生懸命に息を合わせて生まれてこようとしているようだし、亡くなる時も、こういう感じだったら、一人じゃないなあと思いました。

はざまさゆこ(*^^*)

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